ゆとり世代のバイセクシャル 【ぬまぎの戯言】

ぬまぎ = 24歳(女)彼女持ち。セクシャルマイノリティ・経験談・想ったことを熱く綴ります!

ファッションレズへ 「ウザいよ!」ビアン寄りのバイより。

 

どうも、ぬまぎですm(__)m

 

私は声を大にして言いたい。

 

「バカにするのも大概にしろよ!」と…。

 

誰に向かって怒ってるのかって?

 

レズビアンでもないのにレズビアンを自称し、同性愛者の気持ちを弄ぶゴミクズに対してです。

ファッションレズとも呼ばれて嫌われてますね。

 

葛藤しながらやっとここまできたんだ

今でこそテレビを中心とするメディアに取り上げられることが多くなったセクシャルマイノリティ

 

私は幸い平成の時代に生まれることができたので、生まれる何十年も前に同性愛者がどのような扱いを受けていたのかを詳しくは知りません。

 

ですが、昔は本当に偏見がひどかったそうです。

 

現在でもレズビアンより、ホモセクシャル(ゲイ)の方が偏見の目で見られやすいですよね。

 

…個人的には理解しがたいですが。

 

一般的に言われる「普通」から外れてしまった人にとって、歩んでいく道は苦難が多くなります。

 

例えば、歌手の美輪明宏さんは1957年頃に自らが同性愛者であることを公表したそうですが、その道のりは苦難の一言で言い表せないもので…。

 

見知らぬ人から石を投げつけられたり、化け物扱いされ続けたそうです。 

さらに、比べ物にならないくらい悲しい話がありました…。

 

偏見が生んだ悲劇

美輪さんがゲイバーで働いていた若い頃…

当時まだ10代。

戦後の貧しい時代だったため、とてもお金に困っていたそうです。

 

ある日働いた給与をもらいにお世話になっていた人の家へ向かうと、その家の一族が集まっていました。

お世話になっていた人は、由緒正しい昔からの家柄の息子だったそう。

その人がゲイだと一族に知られ、家族会議がなされていたところに美輪さんが訪ねてしまったんですね。

そして、「〇〇の娘と結婚させようか」と、無理やり結婚させる話が持ち上がっていました。

その人はうなだれながらも、美輪さんを帰そうとしました。

 

 

「この人は関係ないから帰してください。」と。

 

 

しかし、「こいつにもいてもらう!」と言われ、仕方なく美輪さんもそのままいることに…。

やがて、お世話になったその人が「お手洗いに行かせてください。」と言いお手洗いへ向かいます。

 

…でも、待てど暮らせどもどってきません。

 

「アイツ逃げやがったな!」と声が上がり、トイレを見に行くと… 

 

 

 その方は

 

 

自ら首を吊って亡くなっていたそうです。

 

まだやりますか?

セクシャルマイノリティは、当事者にとって本当に大きな問題です。

これがあるかないかで、人生の選択が変わるくらい大きな問題なんですよ。

 

多くの人が自身のセクシャルについて悩み、苦しみながら生き方を模索しています。

 

…しかし、ファッションレズと呼ばれる人には、事の重大さがわからないんでしょう。

異性の気を引くために、「私は他の女の子とは違うの♪」と主張する道具としてセクシャルを利用します。

 

当事者がどんなことを考え、壁にぶつかりながら歩んでいるのか考えてほしい。

 

 

 

これは…

 

 

ゲームじゃない。

 

遊びじゃないんだ。

 

 

 

私たちの生き方、

そのものなんだ。

 

 

あなたも苦しいのかもしれない

ファッションレズの人の中には、生き方を模索しながらも、それを上手く見つけられない人もいるのかもしれません。

自分の価値を見いだせず、自らマイノリティに逃げ場を作っているのかもしれない。

 

正しい生き方なんて存在しないし、探し方も人それぞれでいいと思います。

 

ただ… 

 

 

 

私はとても不快だ。

 

 

 

セクシャルマイノリティの人は、自分が望んでマイノリティになったわけじゃないんです。

ふと気が付いたら、マイノリティだと括られていたんですよ。

 

世間から「気持ち悪い!」「異常だ!」と言われ、「自分は異常なのか?おかしいのか?」と度重なる自問自答を経て、やっとたどり着いたんです。

 

それを、ファッションのように手軽に着飾る道具として使われたら、心の底から不快ですよ。

 

心の奥に、自信の無さが隠れている

ファッションレズは、自分に自信がありません。

だからこそ、「レズ」という衣を身に纏う必要があるんです。

 

でも…

 

 

 

ありのままでいた方が

楽だし、輝けるよ。

 

 

 

「レズ」という衣を纏っても纏わなくても、あなたの価値は変わりません。

どんな服を着ていても、服を脱げば素の自分がでてきます。

 

むしろあなたは、目先のファッションでしか判断できない人に愛されたいんですか?

 

 

…きっと、違うと思います。

 

 

あなたはあなたのやり方で、あなたの属する世界で輝いてほしい。

そして、セクシャルがどうであろうと、人の価値は変わらず尊い

 

 私はこれからも、セクシャルマイノリティとして人生を歩みます。

 

 

どうか、あなたに似合う服が見つかりますように…。

 

 

 

それでは!