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ゆとり世代のバイセクシャル 【ぬまぎの戯言】

ぬまぎ = 24歳(女)彼女持ち。セクシャルマイノリティ・経験談・想ったことを熱く綴ります!

セクシャルマイノリティで悩む人へ バイの若造より。

 

どうも、ぬまぎですm(__)m

 

セクシャルマイノリティって知ってる?

 

同性の人のことを恋愛対象として好きになったり、

はたまた同性も異性も恋愛対象として好きになれたり、

性の自認に迷いがあったり、

 

性的な少数者のことをセクシャルマイノリティという。

 

私のこと

 

私は、バイセクシャルだ。

 

女として生まれ、女として生きてきたにも拘わらず、私は同性も異性も愛せる

さらに私は女性のことを好きになる方が圧倒的に多い

恋愛として好きになる人のうち、8割~9割女性だ。

 

道行く人に目を奪われるときも、大抵女性。

 

どうしてなのかはわからない。

物心ついたときから、これが私の中での普通だった。

 

みんなと違う

 

自覚したのは小学5年生の頃だったと思う。

 

隣のクラスの女の子が、すごく可愛く思えた。

それが恋愛感情だったのかは、よくわからない。

 

…今思うと、「異性を好きになることが普通だ。」と、子どもながらに理解していたので、あえて口に出さないようにしていた気もする。

 

同時に、思春期の身体的な成長に、強い違和感を感じていた。

 

何より胸が大きくなるのが、ものすごく嫌だった。

服を着ていても大きさがわかるし、走ると邪魔だし、重いし。

 

中学生になってから 

 

中学生になっても、女の子を好きになる頻度が多かったり、思春期の身体の成長が嫌なことは変わらなかった。

 

中学校の同級生の女子が可愛く見えたり、かと思えば男子がカッコよくも見える。

友だちの話を聞くと、やはりみんな異性のことが好きなのが普通だ。

 

だから、後ろめたい気持ちでいた。

好きになっても、言えなかった

迷惑だろうなぁと思って、そっと心の中にしまっていた

 

服装も、男物の服を好んで着ていた。

中学2年生の頃に、長かった髪を突然自分で剃刀で切って、ツンツンのショートカットにしたこともある。

 

一度、女子トイレの個室に入った母を待って手洗い場に立っていると、お姉さんがトイレの入り口からふと私を見て、ここが女子トイレなのか確認していた。

 

…お姉さん、
なんかごめんね。

 

ここ、女子トイレで

合ってますよ(;'∀')

 

 

あれ、性同一性障害なのかな

 

一時期は、男物の服を着ていたこともあって、自分の感じている違和感は、性同一性障害だからなのかもしれないと思う時期もあった。

 

金八先生第六シリーズで、上戸彩が演じた鶴本直の存在で性同一性障害を知り、自分の違和感を照らし合わせながら観たことが、そのきっかけだった。

 

ただ、私は正直、自分が男でも女でも、どちらでも生きて行けたと思う。

男なら男として、女なら女として。

 

この感覚はどう説明したら伝わるのか難しいが、「別に生まれた姿形がどうであろうと、私が好きなものは好きなものだし、嫌いなものや苦手なものは、嫌いだし苦手なのだから。」というイメージだ。

 

 自分は自分だからこそ価値があるのに

 

私は中学生の頃まで虐待されていたこともあってか、自分に自信がなかった。

(虐待の話はこちらへ→虐待されている(いた)あなたへ - - ぬまぎの戯言 -)

 

自己肯定感が
とてつもなく低かった。

 

だから、自分は誰からも愛されるわけがない。」と本気で思っていた。

 

自分が人を好きになるんだから、自分も人に愛される可能性があることがわからなくなるくらいに、自分に自信がなくて嫌いだったんだと思う。 

 

 でも、中学生になって知り合った親友や、その子のお母さんにいろいろなことを教わった。

人との関係の作り方や、接し方など、そのときの自分が悩んでいたことを解決していくきっかけを、教わることができた。

 

私を分かってくれる友達ができて、相談に乗ってくれる人ができた。

 

少しずつ、
自分に自信が持てるようになってきた 

 

 高校生になって

 

 高校生になってからも、本当に仲の良い人以外にはカミングアウトしなかった。

 するのが怖かったのもあったが、別にする必要がなかったから。

 

そこで、違うクラスのとある女子のことを好きになった。

それが(予測できることとできないこと-自転車編(前編)- - - ぬまぎの戯言 -)に出てくる子だった。

 

でも、付き合うことはできなかった。

告白できなかったし、その子は他の男子にモテモテだったから。笑

 

それから

 

 その後、セクマイの集まる掲示場で出会った女の子や、ニコニコ生放送でセクマイ放送をしていた生主の女の子や、学校が一緒だった女の子や男の子などと付き合い、今の彼女と付き合っている。

 

そして、今は両親も、私に彼女がいることを知っている

 

両親がそれを知ったときにどう思ったのかは知らない。

それは両親それぞれの受け止め方であって、私が知る必要もないと思うから、敢えて聞くこともない。

 

セクマイだからといって、卑屈になるな

 

私は今、特に何も意識せずに、いわゆる「普通」に暮らしている。

もちろん、町で彼女と手をつないで歩いていれば視線を感じることもあるし、たまに「え?」という顔をされることもある。

 

でも、私は特に気にならない。

 

 いつの時代も、人を見て蔑んだり、人をバカにするのが好きな人は一定数存在する。

これからも存在し続ける。

 

だから、どうでもいい。

 

私は、私のしたいようにするだけだ。

 

これからも、自分と葛藤しながら、周りの人たちと協力しながら生きていくと思う。

それでいい。

 

それが良い。

 

セクシャルマイノリティで悩む人へ、これだけは伝えたい。

 

君は、君の生きたいように生きていいんだよ。

それが君のあるべき姿だから。

 

それでは!