ゆとり世代のバイセクシャル 【ぬまぎの戯言】

ぬまぎ = 24歳(女)彼女持ち。セクシャルマイノリティ・経験談・想ったことを熱く綴ります!

虐待されているあなたへ 経験者にしかわからないこと

 

どうも、ぬまぎですm(__)m

 

今回は「虐待」と大変重いテーマですが、きっと今この瞬間にも苦しんでいる人がいると思うので、何か少しでも伝えられることがあればと思い、書きます。

 

※虐待について考えることで、精神的に負担になったり、フラッシュバックを起こすような方は、見ない方が良いかもしれません。

 

思考の支配

 

私は、3人兄弟の長女です。

物心ついたときから中学生頃まで、父親虐待されていました。

その頃は、「私がいるから、みんなが不幸になる。自分なんか死ねばいい。」と、本気で思っていました。

 

死にたかったし、できることなら消え去りたかった

でも、それができなかったから、今、生きています

 

抵抗できない幼い時代

 

父はしつけに厳しく、自分の思い通りにならないことがあるとすぐに怒りだし、怒鳴ったり、手をあげる人でした。

 

例えば、箸の持ち方を上手く覚えられない私の頭を「何で何回言っても出来ねぇんだよ!」とげんこつで殴ったり、子供が騒いでテレビの音が聞こえないという理由で蹴って壁に叩きつけたり…。

 

今でも印象に残っているのは、ものもらいになった目に箸を投げつけられたことです。

 

…もう、されたことが多すぎて、理由は覚えていません。

母親が怒った父に振り回されている場面も、何度も見ました。

 

 悲しいことは、悲しいと受け止めていい

 

人ではなく、物に当たったものでは、父方の祖母が買ってくれた扇風機を投げて折り、それを母親が「せっかく買ってもらったのに…。なんで…。」と言いながら泣いていたことを思い出します。

 

 

 

あぁ、
悲しかったんだな。

 

 

 

今、思い出したら、ものすごく悲しくなりました。

普段は思い出さないので、 覚えていないのか、思い出したくないだけなのか、自分でもよくわかりません。

 

さらに、リモコンを投げたり、料理を投げたり、コップを投げたり、机を蹴ったり、しゃぶしゃぶの鍋をひっくり返したこともありました。

母はそのとき、少しやけどしたそうです。

 

普通の幸せってなんだろう

 

あぁ、そういえば母が一生懸命作った料理を「こんなの人間の食うもんじゃねえ!」と平気で突き返しているところも、何度も見ました。

 

 

ただ、愛されたかった。
守ってもらいたかった。

 

 

それだけです。

 

でも、それは叶いませんでした。

本当に、心から、いなくなりたかった

 

 

この世界から、消えてなくなりたかった。

 

 

そして、私も最低なことをしてしまいました。

幼い頃は長女だった私が、妹と弟に同じような接し方をしていました。

 

きっと、妹や弟は、とても辛かったでしょう。

とても申し訳なく思っています。

 

ただ、子供だったので、それを責められてもどうにもなりません。

根本的な原因は、父親の虐待なのです。

そのような接し方が、幼い私にとって、世界の全てだったのだと思います。

 

愛と憎しみの心

 

そして、 母親にも思うところがあります。

 唯一、私たちを守る選択ができたはずの母へ。

 

 

どうして、
こんな人と結婚したの?
 
なんで離婚して
助けてくれないの?

 

 

これは、今でも思っています。

 

私たちを大切に育ててくれた母親ですし、父親に殴られているときには守ってくれた母ですが、これは生涯許すことができないと思います。 

 

きっと、「金銭的な面で苦労をさせたくない。」という気持ちや、「たった1人で育てていけるのか。」、「父親がいない苦労をさせたくない。」といろいろなことを考えた上での決断だったのでしょう。

 

もしかしたら、母親自身も正常な思考ができない状態まで追い詰められていたのかもしれない。

自分の娘や息子が、愛する旦那の手で傷つけられているのを見続けるのは、とても辛かったことでしょう。

 

 

暴力は、全ての幸せを簡単に壊すことができます。

それくらい、負の力が強いものなのです。

 

 …そして、今。

 

虐待の終わった世界

 

今は、殴られることも怒鳴られることもありません。

 

私が中学2年生くらいの頃から、父が私たちを殴ることが少なくなっていきました。

父親父親なりに努力したのでしょう。

 

ただ、もう私は父親父親だと思っていません。

中学生くらいの頃から、話す頻度も減っていき、今ではほとんど話しません。

 

私はいつからか、完全に、心を閉ざしました。

父親父親ではない。ただの同居人だ。」と思うことで、今はほとんど虐待のことを思い出すことはありません。

 

そして、今は、父親に対して何の感情もありません。

ひどい言い方かもしれませんが、興味もありません。

 

 

どうでもいい。

 

 

父親が何かで苦しもうが何しようが、本当に興味がありません。

そういう状態にでもならないと、自分を保てなかったんでしょう。

 

こうして私が記事を書いている今も、虐待に苦しんでいる人がいるかもしれません。

 

もし、今苦しんでいる人が読んでいたら

 

私から伝えられるメッセージは一つです。

 

 

 

あなたは尊い
 
だから、
逃げなさい。

 

 

 

 

 そして、あなたは悲しみを連鎖させない人になりなさい。

 

あなたは一人じゃない

 

今の私には、私を大切に思ってくれる人がいます。

私は、その人のために、精一杯生きようと思っています。

 

私が一番苦しかったときには、中学校の先生は誰も守ってくれませんでした。

事なかれ主義そのものでした。

 

だから、あなたも公的機関や、友人や、友人の親や、先生や、たくさんの場所で待っている人のところへ助けを求めなさい

ネットでも、身近な人にでも、誰にでもいいです。

 

助けてくれる人がすぐには見つからなくても、SOSを発信し続けることで、きっとそれをキャッチしてくれる人があなたを見つけてくれます。

 

そして、必ず知恵を貸して、力になってくれます。

 

 

あなたの未来は、

あなたが創るものだ。

 

 

きっと、あなたに手を差し伸べてくれる人や、支えてくれる人がどこかに必ずいます。

諦めないで、あなたの人生を生きてください。

 

私は、ここからあなたの人生が好転することを、微力ながら祈っています。

戦うあなたへ。

 

私は、ここにいます。

 

それでは。

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